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2011年10月

2011年10月24日 (月)

バリのMrマリック

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それはまさに魔法だった・・・・

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旅行をするなかで両替というのは必ずついてまわる厄介物。
ATMでお金を引き出す場合や現金を直接替える場合には気をつけなければならないことが幾つかある。
レート、手数料、両替してからのお金の確認。
これらはATMで替えようが、銀行で替えようが、両替所で替えようが同じことだ。
ただ闇両替所だけは別。
それらに加えて騙されるという危険性がある。
「騙されたとしても最終的にお金の確認をしたらいいだけだ」と、滅多に利用しないがごくたまに利用する時がある。
なにせレートがいい。

そんな欲に負け、今回もバリを去る最後の両替を闇両替所でおこなったのだ。
いくらなんでも怪しすぎる店では両替する気にはならない。
怪しすぎず、レートのいい店。
そんな店を探しながら歩いているとめぼしい店を見つけた。
コンビニの中にある店でレートも怪しすぎるほどよくはなく、ほどほどな金額が書いてあった。

中に入りコンビニの店員に両替したい旨を告げる。
やってきたのは店の前でビールを飲みながらたむろしていた人達の内の二人。
やってきた二人の男は愛想がいい。
気をつけなければと再度気を引き締め、両替したい金額を言う。もちろんお金はまだ渡していない。
お金は小額紙幣で出てきた。
銀行や両替所ではこちらから催促してやっと小額紙幣を組み入れてもらえるのに・・・
ここは違う・・・
小額紙幣は騙す時に使う小道具だ。
あやしいと思いながら机の上に並べられた紙幣を手にとって数える。
数えている途中何度も質問をされる。ほぼ無視。
僕が数え終わったところで、相手のうちの一人が再び数えながら手元に取っていく。
「なっ、ちゃんとあるだろ」と言わんがばかりに・・・
その間にもう一人が僕に色々聞いてくる。連係プレー!?
そんなことは聞き流しながら、お金を抜かれるのならこのタイミングだと思い懸命に相手の手元を見る。
そして確かな金額があり、それを確実にもらい日本円を渡す。
最後には半端だということで50円ほどおまけしてくれるほどのサービス。
店をでたらみんな少し酔っているのかとても愛想よく見送られたのだった。


そして・・・


宿に帰って「偽札やったらどうしよう」といらぬ心配をしながら再び数えてみた。

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ない・・・・・
あったはず?のお金がない・・・・
7千円両替して2千円ほどないのだ。
「やられたぁーー!!」
いつ、どこで、どのタイミングで・・・・まったくわからない・・・・
ずっと手元を見ていたし確認したのに。
狐につままれるとはまさにこの状態なのだろう。
トリック、手品、または魔法か・・・
いや詐欺だ。
段々と腹がたちつつも心のどこかで彼等の技術のすばらしさを認め笑っている僕。
多少レートがよくても闇両替では絶対に両替をしないでおこうと心に誓った。
そして次なる目的地、南アフリカへ。

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イスラエル・パレスチナ問題と僕

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ヨルダン。イスラエルの隣の国。
死海、そしてインディージョーンズのロケ地だったペトラ遺跡。
物価もイスラエルより安く、好きなときにジュースが飲める。
昼食時のジュースは贅沢極まりない。
ここに来た一番の目的は死海でもペトラ遺跡でもなく、次の目的地バリ行きの航空券が周辺諸国に比べて安かったこと。
もうすでにバリ行きの航空券はイスラエル滞在中に取っておいたので後は行くだけ。
のはずだったのだが・・・・

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バリ行きの航空券はヨルダンからサウジアラビア経由で買っていた。それが一番安かったからだ。

しかし・・・・あまくみていたようだ・・・・イスラエルスタンプを・・・・

イスラエルに入国する際に入国スタンプ、そして出国する際に出国スタンプを押してもらうのだが、このイスラエルスタンプというのが厄介もの。
もしもこのスタンプがパスポートにあると入国拒否をする国がいくつかある。
イエメン・シリア・クウェートetc
そしてこのような国々に行く予定の人々はキングフセイン橋という国境を使う。なぜならここは別紙にスタンプを押してもらえる唯一の国境だからだ。この話は有名で僕も知っていた。
もちろんサウジアラビアへ入国できないことも。
エジプト、イスラエル、ヨルダンと回るならキングフセイン橋も通れるが、入国拒否をするような国に行く予定もないし、それにイスラエルスタンプも少し欲しかったしと・・・・

「僕の場合入国はできなくなるけど・・・トランジットだから」


この考えがあまかった。
ヨルダンでトランジットも無理ということが判明・・・・
顔面蒼白・・・・久しぶりの冷や汗・・・・変な汗・・・・

ヨルダンのサウジアラビア航空の営業所に行き返金を求めてみた。
しかし戻ってくるのは約3千円。
約4万円の航空券が・・・・
結局ドバイ経由の航空券を買いなおすはめに・・・・

ちゃんと調べなかった自分の責任に間違いはない。
しかし、イスラエル・パレスチナ問題が我が身にふりかかってくるとわ・・・・

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2011年10月18日 (火)

ジケンはゲンバで起きている

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国境のただならぬ厳しいチェックを受け入国。
訪れたエルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三大宗教の聖地が隣り合わさってる場所。
宗教間の争いごとが絶えない世の中だが、ここ聖地エルサレムでは何事もない空気が流れているようだった。
しかしお互いに干渉しない、なにか冷たい空気にも思えなくもない。

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ある日パレスチナ自治区のヘブロンという町に行った。
パレスチナ自治区はガザ地区とウエストバンク地区にわかれている。
イスラム原理主義組織、過激派のハマース(政党)のガザ地区。
パレスチナ解放機構(PLO)、主流派のファタハ(政党)のウエストバンク地区。
ヘブロンはウエストバンクにある。
訪れたその場所はゴーストタウンと化した場所、イスラエルとパレスチナを隔てる壁、難民キャンプにセキュリティーチェックポイントなどとエルサレムにはない雰囲気があった。
意外と言ったらいいのかマーケットには活気があり、陽気な人々が多かったのが印象的だ。


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自爆テロといわれている行為はガザ地区からが多い。
穏健派とも言われているファタハは自爆テロをよく思っておらず、自分達の主張や平和への訴えをテロではなくアートで表現しようというプロジェクトを行っている。
写真、絵画、演劇・・・・アートプロジェクト。
子供達の撮った写真や描いた絵などは難民キャンプに行くと見ることができる。
演劇を見に行った人の話では、つい先日まで自爆テロ要員として訓練を受けていた少年が出演していたそうだ。
国連に一国として認められた際には「アートの国パレスチナ」となる日がくるかもしれないな。

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イスラエル・パレスチナ問題。その言葉はずいぶん前からあったように思う。
知っていたのはその言葉だけで、その中身についてはほとんど知らなかった。
ここに実際に訪れ、数日だが滞在し、薄っぺらいながらも勉強したことによってその問題との距離がほんの少し縮まった。
距離が縮まって、それで?と言われたら何もない。
僕が表面上だけ知っても何もすぐにはかわらない。
でも全てのことは知ることから始まるのであって、知らぬよりかはマシかな。

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2011年10月13日 (木)

PADI MAN

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海と荒野に挟まれた町、エジプトのダハブでライセンスを取得。
晴れてダイバーの仲間入り。

ライセンスの講習中、毎日潜る前には多少の緊張感があった。
なんてったって、人が住めない水の中に行くのだ。
鼻呼吸ではなく口呼吸。この違いは大きい。

僕にとって水中でゴーグルやレギュレーターを外す練習は思っていた以上に抵抗があった。
潜る前の緊張はほとんどこれらのせいかもしれない。
1度試みて成功すると自信がつき、2度目3度目は楽になる。
しかし1度でも失敗すればとても大きな恐怖心が生まれ、そこから成功させることはなかなか大変だ。
まずは精神を安定させること。そして踏み切る勇気。

ちょっとしたトラブルや練習中の失敗で精神状態が乱れると、それにともなった呼吸の乱れが水の中では顕著に表れる。呼吸の乱れで急浮上し、気づいたら海面といったことが何度あったことか。
その度に自分の気の弱さを痛感させられたものだ。
「呼吸と人って密接な関係なんだなー」と、ビギナーPADI MANは改めて思わされたのだった。


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2011年10月12日 (水)

ついに!?

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一度は訪れたかった世界遺産の一つ。ギザのピラミッド。
バスにゆられ町の風景の片隅に突如現れた姿に自然と声が漏れた。
写真やテレビで幾度となくみたピラミッド。思い描いていたよりも小さく見える。まだ距離があったからか!?
「すげー」とは言いつつ、なんだかインパクトの物足りなさを感じる。

チケットを買い、しつこい客引きを受け流しつつ歩く。
「うん、ピラミッドだ」そんな納得にも似た思い以外なにもなかった。
歩き疲れ岩の影でピラミッドを見ながら一休み。隣ではラクダ使いの礼拝が始まった。
ボーっとしながらボーっと考える。
「ピラミッドかぁ・・・」
しばらくしてジワっと目の前の空気感が変わってくる。
「やっぱり・・・すごいかも・・・」
それが精一杯。勉強不足か時間不足か、僕のピラミッドの感想はそこまでだった。

なぜここに一度は訪れたかったのだろうか。
知らぬ間に持っていたその思い。
大げさに煽り立てる観光ジャーナリズム。
ピラミッドに対する思いは義務と化していたのかもしれないな。

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2011年10月 8日 (土)

中東上陸

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夜カイロ空港に到着。ローカルバスに乗って市内へと目指す。
開け放たれた窓から入ってくる風と臭いと騒音。なぜだかとても心地よい。
「あぁーやっぱりこの雰囲気、好きだ」
到着したその日はちょうどラマダン明け。
イスラム教徒にとって最も神聖な断食月、ラマダン。
そのラマダン明けを祝う人達で町はいつも以上の賑わいをみせていた。
いつものエジプトの様子は知らない。しかし間違いなくいつもとは違う雰囲気だと確信できるほどだ。
それはラマダン明けだけが要因ではない。
今年に起きたエジプト革命の名残か、もしくは9月に予定されていた大統領選の前だったためか、タハリール広場は厳戒な警備体制がとられていた。
そして町に残るデモの爪痕に装甲車。
日本でこの風景をみたら、日本の終わりを感じてしまうかもしれないな。
エジプトの再出発。


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